海岸へ着くと、 ルトが嬉しそうに打ち寄せる波と戯れていた。 陽はまだ高いが、時期が少し早いためだろう。 海辺に人の姿はなく、あるのはルトの姿だけだった。
彼は愛馬から降りると、草履を脱ぎ、波打ち際まで歩いて行く。
「あっ?侍ぃー!遅かったでしねぇ?」 ルトは侍に気づく。
「・・・楽しいか?」 「はいでしっ!」 その問いにルトの赤い瞳は輝く。
「そうか・・・」 と侍はルトの頭を撫でた。
「私も海は随分久しぶりだ・・・」
そう言って、彼は打ち寄せる波にその足を濡らす。 潮の香りを胸一杯に吸い込む。
ふと、彼は深い海の色にも似た雫の瞳を思い出す。 その瞳が水面のような輝きを取り戻せるのはいつだろう。
ルトは、彼の表情が幾分暗いのに気づく。
「侍・・・?」 「うん・・・?何だ?」 「ううん。何でもないでし・・・」
ルトはその訳を聞こうとしたが、止めた。 多分・・・屋敷が近いからだ、そう思ったからである。 自分は侍の生家を知らない。 だが、そこにあるのは辛い思い出だけだ、 ということは分かっていた。
「さて・・・そろそろ行くとしよう」 「はいでし」 「せっかくだ。 このまま海岸際を行けるところまで進むか?」 「えっ?ホントでしかっ?」 「ああ」 彼は嬉しそうなルトの顔を見つめ、頷いた。
そして愛馬の首をポンポンと叩くと、背にスルリと跨り、 「夕陽が落ちる様もまた美しいのだがな・・・」 と言った。
「そうなんでしか? 帰り道に見れるといいでしよね〜♪」
ルトは侍の肩の上で屈託なく楽しげだ。 それとは対照的に、侍はもう海の方へは目もくれず、 厳しい表情を浮かべるだけであった。 |