それからどのくらいの時間が経ったのか。 二人の間に一言の会話もない。
居たたまれずに席を立ち、帰ろうとする侍に、 ゆうはどうか一晩泊まって行って欲しいと頼んだ。
このままでは旦那様もあなた様も心を残すことになると。 二度と会うおつもりがないならば、 尚更今日を大事にするべきだと。
旦那様が落ち着くまで、お風呂にでもお浸かり下さいませ、 と気を利かせたゆうに促された。
そして、侍が風呂から戻ると、彼に背を向けるように縁側で、 まだ酒をチビリチビリと飲んでいる冬磨がいた。
その様子は、ようやく落ち着きを取り戻したかのようにも見え、 侍は徐ろに声を掛ける。
「さっきは済まなかった・・・」
「いや・・・」
手に持っていた酒を一気にグイッと飲み干すと、 冬磨は言った。
「分かっていたんだがな・・・ 何だか嬉しくなってしまって、つい・・・な。 ひょっとして、俺がお前の手助けをできれば、 一緒に酒を飲んだりとかさ、 こんな時間がまたいずれ持てるのかなって、 一瞬思っちまった俺が悪いんだ・・・」
「済まない・・・」
「お前が謝ることはないさ」 力なく冬磨は笑った。
「俺、ずっと不思議だったんだよなぁ。 お前さ、 鳥の言葉が分かるみたいだっただろ? 俺達との距離も拒んでいるみたいで、 いつも一定の距離を置いている・・・っつーかさ。 なるほどね、そういうことか・・・」
ぼんやりと月を見ながら、冬磨は更に続ける。
「俺さ、 やっぱ今日お前と出会えて良かったよ・・・ うん。 忘れられるかどうか、分かんないけどな」
クスリと笑う冬磨。
「冬磨は・・・ 俺にとってもかけがえのない友だった。
だが・・・ もうこの先お前に会うことはないだろう。 それだけが、残念に思う・・・」
「そうか・・・」
冬磨は大きく溜め息を吐き、寂しそうに笑った。 そしてポツリと言った。
「ああ・・・ あの頃に帰りてぇなぁ・・・」
侍は、もうその言葉には何も答えなかった。 ただ、冬磨の胸の内を考えると、 自分もまた胸の奥が重く、苦しかった。
抗うことのできない運命と雫の光り。 それは過去を葬らなければ前に進むことはできない。 だが、冬磨に会ったことで、 侍の心の中に小さな暖かい灯が生まれたのも確かだ。
冬磨の思い出の中に自分はいなくていい。 自分の中に、冬磨という友の存在があった、 ということだけでいいと。 そう侍は感じていた。 |