懐古編(仮)

  第二十一話

それからどのくらいの時間が経ったのか。
二人の間に一言の会話もない。

居たたまれずに席を立ち、帰ろうとする侍に、
ゆうはどうか一晩泊まって行って欲しいと頼んだ。

このままでは旦那様もあなた様も心を残すことになると。
二度と会うおつもりがないならば、
尚更今日を大事にするべきだと。

旦那様が落ち着くまで、お風呂にでもお浸かり下さいませ、
と気を利かせたゆうに促された。

そして、侍が風呂から戻ると、彼に背を向けるように縁側で、
まだ酒をチビリチビリと飲んでいる冬磨がいた。

その様子は、ようやく落ち着きを取り戻したかのようにも見え、
侍は徐ろに声を掛ける。

「さっきは済まなかった・・・」

「いや・・・」

手に持っていた酒を一気にグイッと飲み干すと、
冬磨は言った。

「分かっていたんだがな・・・
 何だか嬉しくなってしまって、つい・・・な。
 ひょっとして、俺がお前の手助けをできれば、
 一緒に酒を飲んだりとかさ、
 こんな時間がまたいずれ持てるのかなって、
 一瞬思っちまった俺が悪いんだ・・・」

「済まない・・・」

「お前が謝ることはないさ」
力なく冬磨は笑った。

「俺、ずっと不思議だったんだよなぁ。
 お前さ、
 鳥の言葉が分かるみたいだっただろ?
 俺達との距離も拒んでいるみたいで、
 いつも一定の距離を置いている・・・っつーかさ。
 なるほどね、そういうことか・・・」

ぼんやりと月を見ながら、冬磨は更に続ける。

「俺さ、
 やっぱ今日お前と出会えて良かったよ・・・
 うん。
 忘れられるかどうか、分かんないけどな」

クスリと笑う冬磨。

「冬磨は・・・
 俺にとってもかけがえのない友だった。

 だが・・・
 もうこの先お前に会うことはないだろう。
 それだけが、残念に思う・・・」

「そうか・・・」

冬磨は大きく溜め息を吐き、寂しそうに笑った。
そしてポツリと言った。

「ああ・・・
 あの頃に帰りてぇなぁ・・・」

侍は、もうその言葉には何も答えなかった。
ただ、冬磨の胸の内を考えると、
自分もまた胸の奥が重く、苦しかった。

抗うことのできない運命と雫の光り。
それは過去を葬らなければ前に進むことはできない。
だが、冬磨に会ったことで、
侍の心の中に小さな暖かい灯が生まれたのも確かだ。

冬磨の思い出の中に自分はいなくていい。
自分の中に、冬磨という友の存在があった、
ということだけでいいと。
そう侍は感じていた。




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