ある日俺は一羽の鳥を助けた。 名も知らぬ白い小鳥・・・。
それは単なる気まぐれからだった。 しかし、それが俺の運命とヤツの運命を 大きく分けることになろうとは。 あの時、夜屍斗が言った”霧王も知らぬこと”とは、 このことだった。
俺は小鳥が持つその心に癒され、闇から解放された。 そして夜屍斗を裏切ったのだ。 怒り狂った夜屍斗は、それ故その鳥=文鳥を執拗に狙い、 自由を奪い、復讐の手段に選んだ。
あの時代の俺はその文鳥と共に死んだ。 そして、俺を転生させたのは、その鳥。 俺はヤツと戦うために生まれ変わり、鳥は霧王となった。
あの時、夜屍斗が簡単に俺を殺さずに生かしたのは、 そういう理由だったのだ。
なんと忌まわしい前世であることか! 俺はその記憶を自ら封印してしまっていた。 数千年もの間・・・。
と、その時。 そろりと引き戸を開ける音がした。 雫だった。
彼の傷口の布を取り替えようと、彼女は彼の胸に手を伸ばす。 あっと息を飲む雫。
「あきの・・・?!」
雫が気付かぬほど、 それほど彼の息遣いは小さかったのである。
「気付かれたんですね? 全然私、気付か・・・」
雫はそう言いかけて、ハッとする。
彼は障子戸の向こうに顔を背けたままであり、 雫の方へと顔を向けることはなかったからである。 何か様子が違うことに雫は戸惑った。
彼はポツリと言った。
「・・・済まない。もうしばらく一人にしてはくれまいか」 その声は深く沈んでいる。
「は、はい・・・。 では、何か用事がありましたら、お呼び下さいませ」
そう言うと雫は立ち上がり、部屋の外へと戻ろうとするが、 今一度振り向き、心配そうな眼差しを送る。
だが、彼は一度も振り向かない。 その表情すらも分からない。
部屋を後にした雫の顔が曇った。
闇に心を奪われていた時でさえ、 何か感じるものは確かにあったというのに。 一体どうしたというのだろう? こんなことは初めてだった。 |